竹林倉庫@7

 

 

 

 

 「御免下さい」

 からからと、家の戸口が開く音がした。
 それに続く声は、若い男の声だ。その声の主を、松尾芭蕉は良く知っていた。

 「ああ、曽良君。いらっしゃい」
 戸口に立っていたのは、弟子の河合曽良だった。
 「もうすぐ春といっても、外はまだ肌寒いでしょ。上がって上がって」
 「じゃあ、遠慮無く」
 そう、曽良は言ったが、思えばこの弟子が師匠である芭蕉に対して遠慮をしたことは一度もない。
 傍若無人とはこのことを言うのだな、と心の中で一人呟いて苦笑する。
 お邪魔します、と草鞋を脱ぎ、庵の廊下に上がりこんだ曽良に尋ねてみる。
 
 「何か飲みたいものある?よかったら、淹れてくるけど」
 遠慮はしなくていいから、と一応の言葉を添えておく。
 すると、曽良は少し考えて言った。
 
 「じゃあ、お茶を」
 
 「それと茶菓子も」



はせを、わかくさにもえ



 妻は、いない。

 芭蕉がまだ若い頃、まだ駆け出しの俳人であったころに色々と世話を焼いてくれた人々は、芭蕉がこの年になるまで、何かと身を固めることを勧めてくれていた。彼らは、芭蕉に様々な娘を紹介してくれたり、中には見合いの席まで設けてくれる人も居た。
 だが、芭蕉はそれらの勧めを全て断っていた。
正直な話、芭蕉には妻や子供を養っていく甲斐性はない。
 ましてや、日々の句作に加えて、元来の旅好きな性から、何かと長旅に出かける事が多い。そのような生活では、妻や子供に感けてはいられない。それでは、残った家族があまりにも不憫であるのだ。やはり、芭蕉に妻を娶ることはできない。
 今だって、彼は新たに東北の旅に出る準備をしている最中なのだ。今、彼が住んでいるこの草庵も、これからの旅に際して、売り払うところだ。これから、旅に出るまでの間は、近くの弟子の持ち家に住まわせてもらう。今は、そのための引っ越しの準備をしている。今日、弟子の河合曽良を呼んだのも、この準備を手伝ってもらうためだ(そう思ったところで、あの曽良がそう易々と手を貸してくれるとは思わないが)。

 子供が欲しい、と思わなかったこともない。
 人並みに、独り身の寂しさを感じることもある。だが、芭蕉が抱える多くの門人達も、個性豊かな人間ばかりだ。彼らと句作をしながら過ごす時間もとても賑やかで、芭蕉はそれなりに楽しかったし、この環境にそれなりに満足していた。

 (家庭を持つことが、男としての本分なのだろうけど)


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 「また、随分と殺風景になりましたね」
 ずず、とお茶を啜り、部屋を見渡しながら曽良は言った。
 「うん、だいぶ引っ越しの準備も進んだしね。

                      でも、まだ纏め終えてない荷物もあってね」
 「……嫌ですけど」
 「え、えぇ~~……まだ何も言ってないよ、私?」
 「そこまで言えば、だいたい分かります」
 概ね予想はしていたが、やはり曽良の答えは決まっていた。
 思わず、芭蕉はがくりと項垂れた。
 「相変わらず、不愉快な味のする茶菓子ですね」
 「…師匠に、お茶を淹れてもらってなお、文句言うのかい」
 「本当のことを言ったまでです」
 再び、茶をすすりながら悪びれも無く曽良は言う。

 「はあ……わかってたけど、なんだかなあ…」
 招いた側にも関わらず、芭蕉は少し居心地が悪かった。
 気まずい、というか居た堪れない雰囲気が部屋の中を包み始めたとき、曽良が「そういえば」と口を開き始めた。

 「この家、次の買い手は決まっているんですか?」
 「ん?うん、まあ」
 助かった、と思った。芭蕉は、先ほどの気まずい雰囲気が崩れたことが、これほどまでにない僥倖に感じた。
 それと同時に、芭蕉は曽良がまた随分と珍しいことを訊いたものだな、と思った。普段、曽良が自分の身辺について興味を持ったりすることはないというのに。

 「次にこの家に住む人は、家族連れなんだって」
 「へえ」
 「小さい女の子もいるらしいよ」
 言いながら、芭蕉はこの家の新しい住人達を想像する。
  頭の中に浮かんだ、彼らの姿は実に幸せそのものだった。この家で、和やかに笑い合ったり楽しげに喋っていたり。
  可愛い娘のために、雛人形を飾ってやる父親の姿も浮かんできた。
一年に一度の、桃の節句に華やかな色合いをした雛人形を見て、娘は存外喜んでいるらしかった。

 その姿を見つめる父親の優しいまなざしを、父親としての深い愛情を、芭蕉は未だに知らない。

 「羨ましいなぁ」
 「はい?」
 「家庭を持つということがね。…恥ずかしい話だけど私は未だに独り身で、家庭を持つ男の幸せというものを知らないんだ」
 「そうですか」
 「きっと、それはとても穏やかで幸せなものなんだろうね。それは、きっと二つとして同じもののない、至上の喜びなんだろう。本当に、羨ましいよ」
 「…そうですね」
 曽良は、どこか遠い眼をして、いつもの表情に少し眉根を寄せて応えてみせた。
 何だい、妙に歯切れが悪いなあ、と少しばかり茶化そうかと芭蕉は思ったが、口を噤む。
 ざわざわと、庭先の芭蕉の木の葉が、風に吹かれて触れ合う音が、いやに耳に入る。そういえば、 この芭蕉の木とも、あと少しでお別れなんだなあ、と思うと一抹の寂しさもこみ上げる。
 とにかく、わびしさの漂う時間だった。
 いつも、曽良と話している時は、こんなに侘しい空気だっただろうか。いや、今までそんなことは無かった。
 その空気に、芭蕉はいよいよ居心地の悪さを感じ始め、しかたないのでお茶のお替りを曽良に勧めようかと思ったときだった。

 「芭蕉さん」
 「うん?」
 「僕も、羨ましいです」
 「父親が?」
 「違いますよ」
 曽良は、どこか力無くゆるゆると首を振って否定する。
 違うのかい?と訊ねると、違うんです、と言葉を返す。
 じゃあ、何が羨ましいんだい?と訊ねると、曽良はぽつりとこう言った。

 「芭蕉さん」
 「…うん?」
 「さっき言ってた、女の子ですけど」
 「うん、」
 「……幸せそうで、羨ましいです」
 「、きみ、」 
「家族が、いるということは」
 
 
 
 
  
「…曽良君、」
「はい」
「お茶のお替り、淹れてきてあげようか」
遠慮はしなくていいから、と一応の言葉を添えておくと、曽良は少し逡巡してそれに応えた。
「芭蕉さん」
「何だい?」 

 

「茶菓子のお替りも」
 
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「やっぱり、相変わらず不味いですね」
「…そうかい」
「不愉快な味がします」
「さっきも聞いたよ、それ」
「そうでしたか」
「そうだよ」

相変わらず、曽良は芭蕉の出した茶菓子を不味そうに平らげる。
不味いなら食べなければいいのに、と不本意だが、どこか穏やかな気持ちで芭蕉はその様子を見ていた。
ふと、彼はその様子に既視感を覚える。

(そういえば、さっき―――)



「芭蕉さん」
「何だい?」
今日の曽良は、やけに口数が多く饒舌である。
普段、彼から話しかけられることもそう多くなかっただけに、つい身構えてしまっている自分に苦笑する。
「やっぱり、不味い茶菓子ですね」
「……そうなんだ」



「…芭蕉さん」
「何だい?」



「僕が、どうしてこの不味い茶菓子をいつも平らげているのか、わかりますか」
「…わからないよ」



(……ああ、まただ)



芭蕉は、再び覚えた強い既視感に、眩暈がした。

 





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結局、家族がいなくて二人とも寂しいのです。
それで、二人とも結構歳が離れてる同士だから、お互いにお互いのことを親子か何かのように思っていて、甘えたり頼ったりしてしまうんだよ!ということを表現したかったガッカリ小説です^q^
師弟以上家族未満な細道。

そして、見事に玉砕☆(←
何か、意味のわからん文章になってしまったwww

補足しておくと、曽良君は幼い頃に両親と養父母を亡くしています。

 

 

 

 

 

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